第1回:元広島カープ・井上紘一
「いきなり、しくじった。」──プロ入り直後の挫折が、すべての原点になった
プロ入り直後の大怪我、前田智徳氏とのリハビリ──。
元広島カープ・井上紘一さんが語る「挫折から始まった野球人生」。
指導者としての原点は、プロの世界で味わった“止まった時間”にあった。
プロ入り直後に訪れた、いきなりの挫折

──まずは、井上さんのキャリアの原点から伺います。
プロ野球選手としての現役時代を振り返って、今いちばん強く残っている経験は何でしょうか。
井上:
一番強く残っているのは、広島カープに入ってすぐのキャンプですね。
高校3年の2月、キャンプの最中に左足の靱帯を断裂してしまいました。
本当に「いきなり、しくじった」という感覚でした。
──プロ入り直後の大怪我だったのですね。
井上:
そうなんです。
しかもその年は阪神・淡路大震災があった年で、僕は宮崎でキャンプをしている最中に怪我をして、広島に戻って手術をしました。
結果的に卒業式にも出られなかった。
プロ野球選手になって、これからだというタイミングで、全部が止まった感じでした。
──精神的にも相当きつい時期だったと思います。
井上:
正直、きつかったですね。
ただ、不幸中の幸いと言うのか分からないですけど、その年に前田智徳さんもアキレス腱を断裂されていたんです。
それで、同じ時期に一緒にリハビリをさせてもらうことになりました。
前田智徳とのリハビリがもたらした転機

──前田智徳さんとのリハビリは、井上さんにとって大きな時間だったと。
井上:
めちゃくちゃ大きかったです。
前田さんと一緒にリハビリをしながら、バッティングの理論や考え方、野球への向き合い方を直接聞けた。
あの時間は、今の指導者としての自分にとって、間違いなく財産になっています。
──プロの世界で見た“一流”は、やはり違いましたか。
井上:
違いましたね。
よく「天才」と言われる選手ほど、努力を惜しまない。
野球って、10回打席に立って3回打てたら一流バッターですよね。
でも裏を返せば、7回は失敗している。
その7回の失敗を「仕方ない」で終わらせず、どうやったら減らせるかを考え続ける。
それを当たり前のようにやっているのが、一流でした。
──努力の質が違う、と。
井上:
そうですね。
広島カープは練習量も多い球団でしたけど、ただ量をこなしているわけじゃない。
前田さんもそうですし、イチローさんもそうだと思いますけど、
「努力できる天才」なんですよ。
努力そのものが才能だな、と感じました。
厳しさの中で感じた、広島カープという環境

──当時の広島カープには、印象に残っている指導者も多かったのでは?
井上:
そうですね。
僕が小学生の頃、ファミリーコンピューターの野球ゲームで使っていた選手たちが、コーチとして目の前にいたんです。
達川光男さん、山崎隆造さん、正田さん、長内孝さん…。
「あ、この人や」って思いながら、教えてもらえる環境にワクワクしていました。
──厳しさの中にも、特別な高揚感があった。
井上:
ありました。
広島は本当に厳しい球団でしたけど、その分、学べることも多かった。
プロの世界は甘くない。でも、だからこそ得られるものがある。
その厳しさを経験できたことは、今になって本当に良かったと思っています。
──怪我、リハビリ、一流との出会い。
この時期の経験は、今の指導にもつながっていますか。
井上:
間違いなく、全部つながっています。
あの時、もし怪我をしていなかったら、前田さんの話をあれだけ聞くこともなかったと思う。
止まった時間があったからこそ、野球を「考える時間」をもらえた。
それが、今、子どもたちに伝えている指導のベースになっています。
次回予告
次回は、井上が現役引退後に和歌山へ戻り、
「野球を辞めてしまった子どもたち」と出会ったことが、なぜ野球塾・チーム設立につながったのかを掘り下げる。
第2回:
「野球をやりたいのに、やれる場所がない」──Rising Star誕生の理由
井上 紘一(いのうえ・こういち)
元プロ野球選手(広島東洋カープ)。
現役引退後は、少年野球・中学軟式野球を中心に育成指導を行い、野球塾やチーム運営にも携わる。
プロの世界で経験した挫折と学びを原点に、「野球を嫌いにさせない指導」「一人ひとりに合った成長の順番」を重視。
軟式・硬式の垣根を越え、子どもと保護者の双方に寄り添う指導者として活動を続けている。
編集後記
プロの世界から、育成の原点へ
井上紘一さんの言葉を追いながら、最初に強く残ったのは「挫折が原点になっている」という事実でした。
プロ入り直後の大怪我、思うように進まなかったキャリア。その経験を“失敗”として語るのではなく、「今の指導につながっている時間」として語る姿が印象的です。
天才たちの練習量、努力の質を間近で見たからこそ、子どもたちに伝えたいのは技術よりも「向き合い方」。
第1回は、井上さんがなぜ“育成の現場”に立ち続けているのか、その原点に触れる回となりました。
