【第3回】軟式か、硬式か――答えは「どちらでもいい」
成長期の子どもに本当に必要な野球環境とは?
軟式か、硬式か。勝利か、育成か。
井上紘一が大切にするのは、ボールの種類でも勝敗でもない。
成長期の身体と心に向き合う、独自の育成哲学を紐解く。
「軟式と硬式、どちらが正解ですか?」への答え

――指導現場ではよく聞かれる質問だと思いますが、軟式と硬式の違いをどう捉えていますか。
井上:
結論から言うと、「どちらが正解」という答えはありません。
よく議論になりますけど、ボールの材質が違うだけで、野球の本質は変わらないと思っています。
もちろん硬式は痛いですし、恐怖心も出やすい。
でも、それがイコール「技術が上がる」「育成に向いている」とは限らない。
大事なのは、どんな指導者のもとで、どういう考え方で野球をしているかです。
違いは「ボール」より「指導者」
――軟式はレベルが低い、という見方もあります。
井上:
それは正直に言えば、「競技の問題」ではなく「指導環境の問題」だと思っています。
軟式は学校の部活動が中心になることが多く、必ずしも野球専門の指導者がいるわけではない。
一方、硬式クラブチームは野球経験者が集まりやすい。
だから結果として「硬式の方がレベルが高い」と見られるだけで、本質はそこじゃない。
軟式でも、良い指導者がいれば、レベルは確実に上がります。
成長期に「無理をさせない」ことの重要性

――成長期の子どもに対して、特に気をつけている点は何でしょうか。
井上:
一番は、身体に負担をかけすぎないことです。
これは軟式でも硬式でも同じ。
例えば、エースピッチャーに投げさせ続ける。
勝ちたい気持ちは分かりますが、連戦で無理をさせると、必ずどこかに歪みが出る。
特に硬式の場合、雨を含んだボールは重くなる。
その微妙な変化に対応しようとして、知らず知らずのうちに力を入れすぎてしまう。
それが故障につながるケースも少なくありません。
全員ピッチャー、全員キャッチャー
――Rising Starでは、全員に複数ポジションを経験させているそうですね。
井上:
はい。
うちのチームでは、基本的に全員ピッチャー、全員キャッチャーを経験させます。
理由はシンプルで、
「やったことがないと、相手の気持ちは分からない」からです。
ピッチャーを経験すれば、
「ストライク入れろよ」という声が、どれだけ無責任か分かる。
キャッチャーをやれば、投手をどう支えるべきかが見えてくる。
これは野球だけじゃなく、人としての成長にもつながると思っています。
勝つためのポジション固定はしない
――ポジション固定はしない方針ですか?
井上:
小学生の段階では、基本的に固定しません。
勝つために一部の子だけを使うのは簡単ですが、それでは成長の幅が狭くなる。
中学になると、高校野球を見据えてある程度の役割分担はしますが、
それでも「可能性を狭める固定」はしないようにしています。
野球人生は、中学で終わりじゃないですから。
軟式野球の「もう一つの価値」

――軟式で育つメリットはありますか?
井上:
あります。
軟式はグラウンドの確保がしやすく、野球を「続けやすい」環境を作りやすい。
野球をやれる場所が多いというのは、それだけで大きな価値です。
続けられるから、考える時間も、成長する時間も確保できる。
だから僕は、「軟式だからダメ」「硬式じゃないと意味がない」という考え方には、強く違和感を持っています。
野球の本質は「恐怖」ではなく「理解」
――硬式の“怖さ”についてはどう考えていますか?
井上:
恐怖心は、技術を伸ばす上では邪魔になることが多い。
怖いと、体は固まるし、判断も遅れる。
だからこそ、まずは理解すること。
ボールの特性、身体の使い方、なぜこう動くのか。
それを理解した上で硬式に進めば、恐怖は自然と小さくなります。
「選択肢を狭めない」育成を
――軟式か硬式かで悩む保護者に、伝えたいことはありますか。
井上:
「今、どちらを選ぶか」よりも、
「この先、どれだけ選択肢を残せるか」を考えてほしいです。
成長期に無理をして、野球を辞めてしまったら意味がない。
野球を続けられること、それ自体が一番の価値だと思っています。
次回予告
次回は、
「育成と成長期の関わり方」「保護者との向き合い方」
井上紘一が語る、家庭と指導の“ちょうどいい距離感”に迫ります。
井上 紘一(いのうえ・こういち)
元プロ野球選手(広島東洋カープ)。
現役引退後は和歌山を拠点に、少年野球・中学軟式野球の育成指導を行う。
プロ入り直後の大怪我とリハビリ経験を原点に、「野球を嫌いにさせない指導」「成長段階に合わせた育成」を重視。
軟式・硬式の枠にとらわれず、身体づくり・思考力・人間形成を含めた長期的視点での育成に取り組んでいる。
編集後記
育成とは、技術よりも“人を育てること”
全員がピッチャーを経験し、キャッチャーを経験する。
両手・両足を使い、考え、遊び、挑戦する。
第3回で語られた育成論は、野球に限らず“教育”そのものの話でもありました。
「怪我をしない身体づくり」「心と体と技術の順番」「考える力を奪わない指導」。
すぐに結果は出なくても、後から効いてくる。
そんな“時間のかかる育成”を、真正面から肯定してくれる回だったと感じます。
