【プロフィール】
坂元 美子(さかもと・よしこ)
神戸女子大学 健康福祉学部 健康スポーツ栄養学科 准教授/管理栄養士。
NPO法人 日本スポーツコーチ&トレーナー協会 理事長。
病院研究室勤務、プロ野球(オリックス)での栄養サポートを経て、現在は育成年代の教育・スポーツ現場で「栄養・指導・教育」を一体で支える活動を展開している。

■「たくさん食べれば大きくなる」は本当?
――現場では「とにかく食べなきゃダメ」という言葉をよく聞きます。
そうですね。以前から「ご飯1kg」「とにかく食べろ!」という文化がありました。でも、実際にはそれが子どもを苦しめているケースも少なくありません。
食べることは、体を大きくするためだけの行為ではないんです。“消化・吸収して、体の中で活かして、不要物を出す”という流れがちゃんと整って、初めて“栄養になる“。そして、人としての成長や、スポーツ選手の活躍につながります。
いくら量を食べても、それが消化できなければ意味がない。むしろ、体に負担をかけてしまうことさえあります。
■才木浩人選手との出会い──焦らず、待てる家族の姿勢
――坂元先生が関わってきた中で、印象的な選手はいますか?
阪神タイガースの才木浩人選手ですね。彼がまだ高校生のころ、野球部の栄養指導という形で出会いました。当時は、体も細くて、野球部自体も、甲子園に出場するレベルではありませんでした。
でも、ご家族の姿勢が本当に素晴らしかった。栄養指導の一環として食事調査をして栄養計算結果から足りない栄養素や食品を個別にアドバイスしていたのですが、それを着実に実践して食事改善をされました。
家族や彼を支える皆さんの努力が、彼の成長を支えたと思います。それがどれほど大きな栄養になるかを、才木選手が証明してくれました。

■ドラフト指名のあとに届いた、ユニフォームとサイン
才木選手がプロ入りを果たしたときのことは、今でも鮮明に覚えています。ドラフトで指名を受けたあと、インタビューで私の名前を挙げて、「栄養指導を受けたおかげで身体が大きくなり、投球スピードも速くなりました」と言ってくれました。そして「ここまで来られたのは先生のおかげです」と、ユニフォームとサインをいただきました。
彼の中で、食のこと、人との関係、感謝の気持ちが全部つながっているということを感じることができて、本当にやってきてよかったと思いました。
プロになっても、“支えてくれた人を覚えている”というのは、食を通して“人を思いやること”を学んだからこそだと思います。

■栄養は「摂る・使う・出す」の循環
よく「たくさん食べたのに太らない」「体が大きくならない」と相談を受けます。でも、栄養というのは“摂って終わり”ではありません。食べたものが体の中でうまく利用され、最後にいらないものが出ていくまでがセットです。
便や尿の状態は、体がきちんと働いているかを知るサインなんです。「出ているかどうか」「色や回数の変化」を見るだけでも、その人の体のリズムやコンディションがわかります。
つまり、“出す力”も含めて、体の循環が整っているかどうか。それを自分の身体で感じることが、真の意味での「栄養を見る力=自己管理能力」なんです。

■「食べる力」は、信じて待つ力から生まれる
成長期に、頑張って食事をしても、すぐに結果につながらない子もたくさんいます。でも、大切なのは焦らず、観察し、信じること。「食べる力」は、強制ではなく“信頼”の中で育ちます。
親御さんには、数字や体格だけにとらわれず、「昨日より少し元気そう」「食卓で笑っている」そんな小さな変化を見逃さないでほしいんです。そして食事がストレスにならないよう、イチロー選手のように、食べたいと思うものが成長に必要な食べ物になるように、毎日の食事を一緒に楽しんでほしいと願っています。
それこそが、子どもの成長を支える“本当の栄養”だと思っています。

■編集後記(BBPARK編集部より)
坂元先生が語る「食育」は、単なる“栄養指導”ではない。そこには、“人を信じて待つ教育”の哲学がある。
阪神・才木浩人選手のエピソードに象徴されるように、食べることは「努力」ではなく「信頼」であり、成長とは“時間をかけて体が答えを出すこと”なのだ。
子どもたちの未来は、“待つ大人”の姿勢によって変わっていく。
